生意気童の駄文 「雨雫」
図書館から出ると雨が降っていた。
「おーい、あなたも図書館来てたんだ。あれ、雨降ってるね。」
後ろから彼女のにおいがした。
振り向いてしゃべる勇気はなくて、振り返るか振り返らないかの狭間で曖昧にうなずいた。
今日彼女が図書館にいたことはわかっている。
気づいてくれるかもという思いと、気づいてくれても話せないという思いで気配を消して何度か後ろを通り過ぎた。
屋根に落ちた雨がぽたぽたを過ぎてザーという音をつくっていた。
その場でしばらく雨を見ていた。
「傘持ってきてないの?」
彼女の問いに再びうなずいた。
「どこまで行くの?」
「駅の近く」
「じゃあ一緒に行こうよ。折り畳みだからちょっと小さいけどくっつけば大丈夫だよ。」
彼女は屋根の下で折り畳み傘を開けながらそう言った。
「うん。ありがとう。」
そう答えたが、雨音にかき消されて彼女の鼓膜を震わせることは出来なかったかもしれない。
「ほら行くよ。入って入って。」
彼女は曇りのない笑顔でそういった。
緊張しながら彼女のにおいが充満した傘の下に入った。
かばんは彼女と逆側の肩にかけた。このほうが彼女との距離が近くなるような気がした。こんなことに彼女は気づくだろうか。
肩が彼女の肩に触れた。
「んじゃ、駅にしゅっぱーつ。」
駅までの短い道のりでも彼女は楽しそうにしゃべっていた。
内容はほとんど覚えていない。肩に触れる柔らかな彼女の感触と、揺れるたびに頬に触れる短めの髪の毛、その記憶をとどめるのが精いっぱいだった。
歩行者用の信号が点滅していた。
心臓の鼓動と同調したかのように点滅していた。
歩行者用の信号は緊張した時の心臓の鼓動と同じなのだ。これから先歩行者用の信号を見るたびに彼女とのこの時間を思い出すだろう。
心臓は懸命に血液を運び、信号は必死に危険を知らせていた。
信号が赤色になると心臓の鼓動だけが残った。仲間を失ってしまったように感じた。
傘からはみ出したカバンが濡れていた。彼女の右肩も濡れていた。
もう少し彼女のほうへ寄りたかった。でも彼女との間にはもう隙間がなかった。
それでも少しだけ彼女の方へ寄ってみた。
心臓の鼓動が伝わるだろうか。伝わったら...うれしいかな。
彼女が突然
「今日はこの傘貸してあげるから明日学校で返してもらってもいい?」
と言ってきた。
「うん、わかった」
戸惑いながらもそう返した。
前を見ると少し向こうに男が一人立っていた。
笑顔でこちらを見ている。
「じゃあね!」
彼女はそう言って彼のもとへ走っていった。
雨に濡れることも気にせずに。彼女の右肩以外も雨に濡れた。
彼は笑顔でそれを迎えた。彼が1本だけ持っていた傘は大きく、彼女の肩が濡れることはなくなった。
彼女の左肩には男の肩がくっついた。ここまでに触れてきた体温は塗り替えられてしまっただろうか。
彼女は1度振り返って手を振ってきた。
笑顔で手を振り返した。たとえ少しの間でも会話を交わしたのだ。それくらいはできるようになった。
彼女から渡された傘の柄は暖かかった。
右肩に彼女のぬくもりもあった。
傘から彼女のにおいがすべて消える前に家に帰ろう。
あとがき?
なんだか雨が降っていたのでこんなことを妄想してしまいました。
ちなみに登場人物は
女子2人
男子1人です。
間違いではありません。
それでは。